近況・謝辞

  • 2012/05/19(土) 23:43:55

皆様、お久しぶりです。

長らく滞ってしまいました。

4月21日に日本到着後、2週間くらい自分と妻の実家を行き来したり、アパート探したり。


5月1日からの採用でしたが、私の所属するセンターの長であり、副学長でもいらっしゃるT先生から、運営委員会前に会っておきたいとのこと。

ちょっとびびりながらも、会談。
まあ、あれですね。気の良いおじいちゃん。ご自身は研究のことはあまりよくわかっていないけれど、センターを作って優秀な人を集めて、業績出して、大学を有名にして大きな顔したい。そんな感じの医師でした。

T先生「hydezo先生のデスクは6月に出来るんですが、以前の人たちがまだ残っていて、実験スペースが9月まで使えないんです。」

私がスペースをいただけることになっている部屋は、以前にでかい科研費を取ったグループが展開していたのだそうです。大方のチームは今はもう他の大学に移って行ってしまったそうですが、一部のチームがまだ占拠しており、移動が完了するのに9月いっぱいまでかかるとのこと。

へ?・・・・10月まで私にどうしろと?

しかも話によると、私を呼んで下さったK先生は客員教授として、私の所属大学に籍を持つ予定だったそうですが、ある取り決めがネックとなり、その話はキャンセルに。

K先生「T先生の準備不足。あの人は全く信用できない。hydezo先生は大学の設備が完全に整うまでうちのラボでやればいいよ。」

ありがたいお話ではありますが、やはり、K先生も私に以前のテーマではガンガンやってほしくないみたい。K先生のテーマの手伝いをしてもらいたい様子。まあ研究費もそう潤沢ではないみたいだから、そういう気持ちも分かるんですが。
やっぱ自分で金取るしかないですね。果たして取れるのか。

さらに問題。
大学と、K先生の研究所は近いといっても車で30分ほどかかる距離。せっかくアパート借りるならどちらかに近い方が良いです。

大学の方は1年ほどは実験できないだろうとの予想から、とりあえず研究所近くでアパート探し。見学させてもらって、契約申し込み書まで提出してきました。

ところが、
大学の事務「毎日タイムカードつけてもらわないと困ります。」

・・・・へ?裁量労働制じゃないの?

結局かなり粘りましたが、取り決めを覆すことは容易ではなく、契約寸前まで行ったアパートをキャンセルして、大学近くで再検索。

かなり急いでくれたようで(この点日本はすばらしい)、GWの前に何とかアパートの契約はしたものの、GW中はライフライン系の会社も休みで、結局GW後までアパートから比較的近い妻の実家でマスオさん。

あと、全く何も無い状態から引っ越すことは母国でも結構大変ですね。
日本では家具・家電には結構お金を使います。最近はリサイクルショップも充実しつつはあるようですが、選択肢は少ない。しかもすぐには配達してくれない場合が多い。

アメリカでは引っ越しても大抵冷蔵庫やコンロ、電気、水など、キッチン関係は始めから使える状態でした。日本ももっと人材の流動性が高くなれば、家具家電のリサイクルも進むかも。

まあとりあえず、今日までに殆どの家具は入り、ネットも昨日工事が入って今日開通。今日まで滞ったのはそのため。フレッツの超簡単サポートCDみたいなので設定しましたが、これがチョー難しい。なぜかって、多分うちのパソコン全て円高に物を言わせてアメリカで買ってきたものだからか、CDのメニューが殆ど文字化けしてアラビア語っぽい文字の羅列。ph.D.の能力を持ってしてもかなり難解でした。

後は納車とアメリカから発送した荷物待ち。


そんな感じで、大学近くにアパート借りたのに、大学まで徒歩で向かい、タイムカード記録して、大学病院の無料バスと電車で1時間ほどかけて研究所へ通勤するヘンテコな毎日。

まだ研究は何も出来ていません。

もうすぐ1ヶ月経とうというのに。

大きな不安と諦めと、小さな闘志。

小さな炎ですが、燃え尽きてはいません。

ということでこのブログは終了。

次は別のブログを立ち上げる予定。愚痴ばかりになりそうですが。
告知は多分このブログサイトでします。

これまで駄文を読んでくださった皆様に感謝。





−3

  • 2012/04/24(火) 03:03:28

無事日本に帰国しました。
3回目の夜です。時差ぼけで深夜の覚醒中。

帰国前後の出来事を記録しておきましょう。

19日、アパート退去の日。
朝から掃除を開始し、夕方には退去準備完了。4−6時の間にresident managerが来て部屋のinspectionを受けることになっていましたが、5時半過ぎても連絡無し。こちらから電話してみると、留守電に。何度かかけ続けるとようやく電話に出ました。

RM「今授業中でいけないんだよね。」

hy「(はよ言わんかい!!)じゃーどうすればいいの?」

RM「僕はマスターキー持ってるから、キーとか書類とか部屋に置きっぱなしにしてくれれば、後で時間のある時にinspectionして問題があれば連絡するよ。」

・・・・はじめからそう連絡しろよ。
言われるまま、退去。予約したホテルに荷物を置き、夜は車を買ってくれる妻の友人夫妻宅に招かれて食事。美味しい韓国料理でした。

食事をいただいた後、車を置き去りにし、奥様の運転でホテルまで。
翌日朝早いので、入浴、パッケージングを済ませ、早々に就寝。といっても11時頃でしたが。


20日早朝、Mさんの車で空港まで送って頂きました。
Unitedのカウンターでくそ重い荷物を4つ預けて振り返ると、K婦人。
わざわざ早朝5時のお見送り、ありがとうございました。びっくりしました。

Mさん「飛行機が飛ばないとか何かあったら連絡ください。DCまで送りますよ。」

早朝に本当にありがとうございました。Mさんや他にもアメリカで苦労されている日本人研究者の先輩方の姿からは大きな刺激を受けました。

その後、早々に手荷物検査を受け、ゲート前で6時予定の搭乗開始まで待機。
5時30分頃になって、

United「出発が9時まで遅れます。」

のアナウンス。一瞬Mさんに頂いた連絡先書いた紙を握り締めましたが、次の乗り継ぎ間で十分間に合う時間でしたので、単純にその場で3時間待ち。結局朝4時に起きて、5時前に迎えに来たり、見送っていただいたりしたのは何だったのか。

9時半過ぎにDC到着。Cville-DC間は普段のフライトでは40分近くかかるようですが、今日は急いで20分ちょっと。飛行機におんぶされたスペースシャトルが居ました。
写真取りましたが、カメラがまだトランクの中なので今日は画像載せられません。

乗り継ぎのANA機のゲートまで来ると、こちらも30分ほどDeleyのお知らせ。次の成田での乗り換え時間が1時間しか無いので心配になって聞いてみると、急いで飛ぶので到着時間は変わらないとのこと。飛行機は普段のフライトでは相当余力を残しているようですね。

買い物と軽食を済ませ、12時半から搭乗。

長い長い娘との13時間。娘の母は良く頑張った。

成田で急ぎ税関を通り、乗り継ぎゲート前に着いたのは搭乗の20分程前。
実家に電話して最終等着地の空港まで車で迎えに来てもらうことになっていましたが、電話のコイン投入口が故障中。電話できず。連絡無い場合は予定通り迎えに来てもらうことになっていましたが。

その後、最終等着地で無事に私の両親と再会。
車中、携帯を借りて妻が義理の母に連絡取るも留守電。
実家までの約1時間のうち30分間、娘大泣き。なんという生命力。

実家に到着し夕食を頂いた後、再度電話しても連絡取れないので、義理の母の携帯の方に電話すると、ようやく繋がりなんと義理の兄が緊急入院したとのこと。

手術時間5時間。かなり悪化した虫垂炎だったようです。
小腸にかかる部分まで延長が広がっており大きめに切り取り、大腸を小腸を縫合したそうです。

翌日日曜に見舞い。
容態は安定、命に別状は無いが2週間の入院が必要とのこと。
とりあえず無事でよかったです。

パソコン電池切れてきたので今日はここで終わり。






  • 2012/04/19(木) 12:26:09

今日付けでラボを退職。

3月初旬に日本でのポジションをゲットしてから、2ヶ月足らず。

なんというか、研究者として良い3年間でしたが、プロジェクトも途中ですし、何かをやりきった充実感みたいな物は無いですね。

アメリカに来て約5年。アカデミアで地獄と天国を見てきました。
なかなかこんな経験をする人も日本育ちの日本人では珍しい方でしょう。

それでも何とかやってこられたのは前々のボス、師匠、前のボス、今のボス、のお陰による部分が大きいと思います。

地獄のようなラボでも、そこに居る事が次のステップへの必須条件だった、今ならそんな風に受け止められます。

そして今は天国のようなラボから、未知の世界へ。
地獄には行きたくない、だから危険な香りのするところは避けたい。

でも自分の中に何かに期待したい思いがあり、実態がよく分からないけれど、とりあえず運を天に任せて行ってみよう、ということで決めたのが博士課程進学。結局どんなに注意しても、100%天国に行ける保証は無いですからね。

今回も地獄ラボへの留学を決めた時同様、何の面識も無い、ラボの人誰とも会ってない状況での決断。

正直不安ですが、過去に失敗の経験がある分、タフさと研究者としての能力も少しは増している筈?なので、家族のためにも何とか良い形で乗り越えたい。

そんな一歩引いた気合でいきたいと思います。

明日は引っ越し。この愛着ある全ての扉が閉まりにくいぼろアパートともおさらば。
引っ越しの埃でアレルギー発症しないか少々心配。





  • 2012/04/18(水) 11:39:27

明日は現職場でのLast day。

明後日はアパート退去。

明々後日にアメリカを発ちます。

明日の2までは書けると思いますが、1と0はバタバタして暫く書けないかもしれません。

今日は更に片付け。
午前中、最後の細胞の凍結ストック作り。
凍結しておいて、日本で受け取ることができる体制にしてから発送して貰う手はずです。

プラスミドは持ち帰り分も携行分も準備完了。
シーケンス中のものはやはり取りこぼしが幾つか。点変異なのでシーケンス以外で事前にポジティブが判別できないんですね。

予備に増やしておいたコロニーから抽出し、本当に最後のシーケンスサンプル調製。

昼にはHistology coreに先週出しておいた組織サンプルが切片になったので何時でも取りに来いという連絡。もはや染色は日本でするしかないです。
組織切片は飛行機に持ち込んでも大丈夫なんでしょうか?没収されませんように。

夕方、試薬の処分。
大方無害なものなので、垂れ流し処分。

幾つか滅菌済みで使用していないものやRNase freeのものなど、他のメンバーに使ってもらうことになりました。

明日は凍結細胞の整理など。

先週のfarewell partyに来られない人が何人かいたので、明日再びYと私のために皆でお別れ昼ごはんしてくれることになりました。

肉体的にそれほど滅茶苦茶きつい訳ではありませんが、引越しの時って疲れます。暫く日常と異なった生活が続くからでしょうか。

それでもただ飯には感謝。

明日最終日ですが、なんと言ってボスと別れればよいのか、分かりません。
「あんたがいなけりゃ研究続けて無かったよ」か?

まあ、まだこれから論文が出来るまで嫌になるほど連絡取ると思いますけど。





  • 2012/04/17(火) 13:07:01

今日はあつい一日でした。

気温の話です。30度くらいいったでしょうか。

最近ブログのタイトル考えなくて良いので楽です。
え?いつも考えていたのかって?

・・・返す言葉もございません。


このラボに来るのも残す所2日。

そろそろ焦ってきてガツガツ片付け始め、プラスミドの分注大方終了。
手持ちのデータもかなりまとめ、Dropboxでボスと共有する手はずを整えました。ベンチの片付けも少々。

明日も実験作業、残りの試薬の処分や、データ整理。必要なノートのコピー。
次の場所で実験できるようになるのにどれくらいかかるだろう・・・。

なんて思っていると、赴任予定の大学の偉い先生からメール。

「月に一回教授と准教授で運営会議していますが、hydezo君も参加しなさい」

・・・助教は基本的に参加する義務は無いそうなんですが。

どういう意味なんでしょう。
ブルブルブル。

寝ます。